いい靴を買った話
過ぎ去った日々は執着となり、後悔に変わったあと諦めへと至る。
取り戻せない時間が多いほど、それに対する絶望も大きい。
あるいは失望。
後悔はしないように生きてきた。
常に最善のしてきた結果が今だという。
他人から見て間違いだと思う選択でも、自分にとっては最善を選んできたと思っている。
だから結果に対する言い訳もない。
人生は5年刻みで焦りが来る。
最初の焦りは20歳のときだった。
同級生は大学に進学していた。
いずれ開くことになる埋められない差はまだ環境の違いでしかなく、そのうちどうにかなると笑っていられた。幸も不幸も日本酒のゲロとなり、側溝に流れていった。
25歳のとき描いた未来は暗黒で、希望はどこにもなかった。
発泡酒の3本では暗闇が晴れなくなっていた。
必然と酒量が増え、ウイスキー1瓶が2日でなくなった。
30歳を目前にして、焦っているのだと思う。
今までの焦りはすべて自己憐憫で乗り切った。
今更自分のどこに同情できるというのだろう。
だから死のうと思った。
夢とは希望の前借りだったのだと思う。
夢があるから夢中になれたし、頑張れたし、他の何も気にせずに全速力で駆け抜けて来られた。
借りたものは返さなければならない。
死ぬまでにやりたいことリスト
②いい靴を履く
俺もお前と同じくだらねぇ人間だが
俺とお前じゃ履いてる靴が違う――イノセンス
5年か3年のあいだ、父親のお下がりだった500円の偽クロックスを履いていた。
お下がりといっても譲り受けたわけではなく、勝手に履いていたのだ。
自分も靴を持っていたと思うが、気づいたときにはどこにもなかった。
もしかしたら元々履いていなかったのかもしれない。
雨の日も風の日も、雪の日も偽クロックスを履いていた。
とうとう穴が空き靴底から水が漏れるようになってからも1年間は履いていた。
別に靴下が濡れたところで困ることはなかった。
父親は水虫だったが、幸いにも俺に伝染ることはなかった。
穴が開いている靴だから、水虫菌も地面のほうに吸われたのだと思う。
去年末に靴を3足買った。
念願のいい靴である。
一般的にいい靴とは、5万円か10万円くらいのビカビカした革靴のことを指すという。
あいにく俺の住んでいる場所は田舎で、いい革靴を履いてもいい床を踏むわけではなかった。
スニーカーを2足とブーツを1足買った。
いい靴なのだから元々の中敷きもいいものに決まっているのだが、念には念を入れてBMZの自衛隊インソールに変えた。
無限に歩ける靴が出来上がった。
1万歩程度ではまったく疲れず、2、30kg程度のものであればつま先に力を込めるだけで持ち上がる。
3足もあるから死ぬまで履けるだろう。